第11回 顧客が途切れないマーケティング戦略
- 2007-05-13
- 09:25
面白いことに玉子屋の企業理念は、「事業に失敗するコツ」となっています。そのひとつに「お客は我がまますぎると考えること」とあります。仕事をくれる顧客が「我がまま」だなどと考えていれば仕事がなくなるのは当たり前です。
サービス業とは、「あなたの我がまま引き受けます」「お客さまが楽をするために苦労を引き受ける」ということなのです。このほか、「旧来の方法が一番良いと信じていること」、「餅は餅屋だと自惚れていること」、「どうにかなると考えていること」など胸に手を当てて考えなければならないことばかりです。
そして、「売る努力」については「良いものはだまっていても売れる」と安心していることです。「売れていく」のではありません。売れるところほど売る努力を怠っていないのです。
マーケティングにおいても同様のことが言えます。それは、営業の一環としての活動になるからです。
ある福祉事業体では、誰でも出入り自由にしているそうです。それだけではありません。通りがかりにトイレを借りに来た人にもお茶の接待までしているというのです。以外に思われる人もいるかもしれません。
普通の福祉事業体の場合、従業員は背中を向けているか遠くの方からうさん臭そうにこちらを見ているかのどちらかですが、ここは違います。来客があれば、「いらっしゃいませ」と言って、すぐにお茶を出します。それにしても、トイレを借りに来てお茶が出てきたら、驚きますよね。
実は、このお茶出しはマーケティング戦略のひとつなのです。これは「店内の滞留時間を長くする」マーケティング戦略なのです。例えば、商店で物を売ろうとするには、まず店内に入ってもらわなければなりません。ですから、第一に必要なのは入店客数を増やすことです。
ところが、入店客のすべてが買ってくれるわけではありません。入店客数に占める購入客数の割合を買い上げ率といいます。買い上げ率が高いほど良いのは当然ですが、それだけではありません。客単価が高くならないと売り上げは伸びません。これを簡単な計算式にするとこのようになります。
売り上げ=入店者数×買い上げ率×客単価
売上を伸ばすためには、入店者数を増やすのと同時に買い上げ率と客単価を高くすることが求められます。そのひとつが店内の滞留時間を長くさせるということです。品揃えや価格など他の条件が同じだとすると、店内にいる時間が長ければ長いほど購買意欲が高まります。ざっと見ただけでは分からない商品も目に付くようになります。興味を持てば手にとってみたりもします。それに、店の印象が強く残る ので、後でまた行ってみようという気持ちにもなります。
「どうぞどうぞ」と言って入ってもらい、入ったら、しばらくいてもらいます。見るところが多ければ、その分だけ強い印象として残ります。お茶まで出てくるのですから、第一印象が悪いはずがありません。歓迎されるなら、また行ってみようという気にもなるわけです。
訪問客がある程度の年齢になっていなくても、トイレを借りに来た人の家族に顧客になる可能性の高い人がいれば、それが潜在顧客となります。また友達や親族なども含めると周りには潜在顧客がいかに多いかが解かるでしょう。
この事業体の在宅サービスが驚異的な伸びを示しているのは、このようなマーケティングの積み重ねがあるからだと言えるでしょう。
一方、別の福祉事業体では、イベントを実施する際に近隣にある保育園や幼稚園とともにその事業体の敷地内にあるスペースを使って運動会をやっているそうです。
つまり、こういうことです。園児がいるということは、それを見に来る両親がいます。両親だけではなく、両親の祖父母も孫見たさにやってきます。
その孫を見に来る場所が高齢者福祉事業体だったら、どうでしょう。孫を見に来たにもかかわらず、実は自分がサービスを受けるかもしれないところに無意識に足を運んでいるのです。そして、その施設のサービスや環境を知ることになります。
また、園児の両親も来ているわけですから、彼らが高齢者になれば、そこのサービスを受ける可能性も十分にあります。さらに園児もいずれは、高齢者になります。ですから祖父母や両親がサービスを受けている施設のことは、十分に解かっているので、その園児も潜在顧客になるというわけです。単純計算しても一人の園児が園児自身を含めて7人の潜在顧客を連れてきていることになります〔潜在顧客数=(園児+両親+両親の父母)×園児数〕。すなわち、余程のことがないかぎり、顧客が途切れることはないというわけです。
動機は、何でも良いのです。要するに、いかにして自分の事業を認知してもらい、顧客が途切れないようにするかということなのです。一度でも来た人は、得意先であると同時に広告主、つまりクライアントとなる可能性があるのです。
では、マーケティングとは何なのでしょうか。近頃、全国で商店街が次々と消えていく現象が起きています。商店街では、おいしい蕎麦屋や和菓子屋などが老舗の味を守ってきました。そういうところも、商店街の衰退と同時に消えていっています。ところが、蕎麦や和菓子が売れていないわけではありません。コンビニエンス・ストアでは若い人が小分け蕎麦や餅菓子などを買っています。どうしてなのでしょう。
それは「売り方」の違いなのです。品質が良いというだけで売れる時代は終わりました。商品もサービスも溢れかえっているからです。それでも売らなければ仕事にはなりません。そのためには、顧客が何を望んでいるか、それをどう演出して見てもらえば購買意欲につなげられるかを考えなければなりません。こういう一連の活動をマーケティングと言います。
顧客を騙していると思われるかもしれませんが、それは大きな間違いです。顧客は自分で選んで買っています。大切なお金を使うのですから、その選び方は慎重です。だからこそ、顧客が「自由に選べる」という条件が不可欠となるわけです。
この例でいえば、コンビニエンス・ストアはマーケティングの結果、顧客が選ぶ要素は「おいしい」という品質だけではないということに気がついたのです。「身近にあって手に入りやすい」という要素、それがコンビニエンス、いわゆる便利さということになります。伝統的な作り方ではありませんが、手ごろな値段で買えるようにしたから売れているのです。その結果、若い人にも蕎麦や和菓子が日常的に馴染んでいるのです。
顧客は「我がまま」です。皆さん、自分に置き換えてみてください。毎日の買い物を考えても分かることですが、近くにコンビニが出来て毎日のように利用していても、もっと近くに別なコンビニができれば余程のことがないかぎり遠くのコンビニまでは行かなくなってしまいます。郊外に大型スーパーができれば、近所のスーパーにも行かなくなるでしょう。
これが市場経済であり、自由競争なのです。顧客が来ない店は、顧客の役に立たない店で、早々と店じまいすることになります。
民間企業は、こういう厳しい世界で鎬を削っています。次々と新しい商品やサービスを開発して、常に顧客の要望に応えているのです。結果的にサービスの質を高めることこそ、マーケティング活動の成果となるのです。
ですが、マーケティングは華やかなようで実は地味な活動の積み重ねなのです。「耕す」→「種をまく」→「世話をする」→「収穫」という農業プロセスに例える人もいるくらいですから…
これからは、医療福祉界も民間企業的な発想や戦略が求められてきます。売上が落ちているのを行政や不景気に責任転嫁している時間があるのならば、このような戦略を考えるために時間と労力を費やした方が、有意義なのではないでしょうか。責任転嫁ばかりをしていても、現状は何も変わらないのですから…
私自身も妬みや僻みという感情を抱いている時間があるのならば、逆にそれを目標と定めて、自分が現在置かれている状況(レベル)と比較して、どのくらいの差があるのかを認識したうえで、それに近づくためには、どのようにすれば良いのかを考えるために時間と労力を費やすように心掛けています。




